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東京地方裁判所 平成3年(ワ)11938号 判決

原告

株式会社清峰堂

右代表者代表取締役

富本義男

右訴訟代理人弁護士

中野比登志

被告

古田鈴一

右訴訟代理人弁護士

笹原桂輔

笹原信輔

主文

一  被告は原告に対し、原告が別紙物件目録記載一2の土地を通行することを妨害してはならない。

二  被告は原告に対し、同目録記載二の鉄パイプ製車止めおよび同目録記載三の植木箱を撤去せよ。

三  被告は原告に対し、金一六五万九〇〇〇円およびこれに対する平成三年九月六日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

四  原告のその余の請求を棄却する。

五  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の、その余を被告の、各負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  原告

1  被告は原告に対し、原告が別紙物件目録記載一2の土地を通行することを妨害してはならない。

2  被告は原告に対し、同目録記載二の鉄パイプ製車止めおよび同目録記載三の植木箱を撤去せよ。

3  被告は原告に対し、金五三九万三〇〇〇円およびこれに対する平成三年九月六日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

4  第2、3項について仮執行宣言

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  原告の請求原因

(通行妨害禁止)

1 原告は、別紙物件目録記載五の土地および同地上に存する同目録四記載の建物(以下、同目録五記載の土地を「二五六番の土地」同目録四記載の建物を「原告ビル」という。)ならびに港区赤坂八丁目二六六番の土地(以下、「二六六番の土地」という。)、港区赤坂八丁目二二〇番の土地(以下、「二二〇番の土地」という。)の所有者である。被告は、同目録記載一1の土地(以下「二六五番の土地」という。)の所有者であり、同土地のうち同目録一2記載の土地および花壇部分を除く部分(以下、「被告居宅部分」という。)を住居として使用している。

原告土地と被告居宅部分および別紙物件目録記載一2記載の土地の位置関係は別紙図面に記載のとおりであり、同目録一2記載の土地は、これと接する、二六六番の土地、二二〇番の土地と一体として通路として使用されている(以下、右通路を「本件通路」といい、別紙物件目録一2記載の土地をいう場合には「被告通路部分」という。)。そして、本件通路は、建築基準法四二条二項の道路である。

2 被告は、別紙物件目録記載二の鉄パイプ製車止めのうち①の車止め(以下「本件車止め①」という。)および同目録記載三の植木箱(以下「本件植木箱」という。)を被告通路部分に設置し、別紙物件目録記載二の鉄パイプ製車止めのうち②の車止め(以下「本件車止め②」という。)を二二〇番の土地上に設置して、原告の通行を妨害している。

3(一) 本件通路付近の土地が区画され、多数住民が居住した時点で右住民と本件通路所有者との間で本件通路について通行地役権が設定された。

(二) また、被告通路の当時の所有者であった日高某は、昭和二九年一二月三日に二五六番の土地の所有者である菅家央に対して被告通路の通行権を設定した。

(三) 原告は、二五六番土地の所有権を取得したことによって、前記一、二により発生した、被告通路部分について二五六番の土地を要役地とし、二六五番の土地を承役地とする永久・無償の約定地役権を承継取得した。

(四) したがって、原告は被告に対し、右約定通行地役権に基づく妨害排除請求権によって本件車止め①、②および本件植木箱の撤去を求め得るし、妨害予防請求権に基づいて、被告に対し被告通路部分の通行妨害の禁止を求め得る。

4(一) また、建築基準法四二条二項の道路について与えられる公法上の通行利益は民法上保護に値する人格権である。

(二) したがって、原告は被告に対し、前項と同様に妨害排除および妨害予防を求め得る。

5(一) さらに、二五六番の土地の前所有者である菅家央は、二五六番の土地の所有権を取得した昭和二九年一二月三日以来、本件通路を通行して通行地役権を行使してきた。そして、その行使のはじめに通行地役権の存在を知らなかったことについて菅家央に過失がない。

(二) 昭和二九年一二月三日から一〇年間の経過によって菅家央は前記通行地役権を時効取得した。

(三) 原告は昭和五九年二月二八日に菅家央から二五六番の土地を買受けてその所有権を取得し、同時に、本件通路についての菅家央の権利の移転を受けた。

(四) 原告は右の取得時効を援用する。

(通行妨害による損害賠償)

1 原告は、原告ビルの建築工事をするに際し、被告の通行妨害により工事用トラックを原告土地に進入させることができず、建築資材を人力あるいは通路を隔て、かつ上方にある道路からクレーンによって搬入をせざるを得なかったところ、右によって原告ビル建築工事の完成はすくなくとも二か月余計に要した。

2 右二か月の得べかりし賃料は一か月当たり金二三六万七〇〇〇円であるから、原告は被告の通行妨害により合計金四七三万四〇〇〇円の損害を被った。

(排水妨害による損害賠償)

1 被告は、平成元年一〇月二一、二二日の両日にわたって、原告ビルの排水が流入している別紙物件目録添付図面のマンホールにコンクリートをつめて下水管を塞いだ(以下、この下水管を「本件下水管」という。)。

2 被告が本件下水管を使用し得る理由は、次のとおりである。

(一) 本件下水管は、本件通路を含む通路部分が昭和四一年四月に付近住民により舗装された折、吉田信昭が昭和二八年に設置した旧来のものを作り直す形で、右吉田、菅家央、鰐川某、山下某、青柳某、野坂某、大野某、深山某、三宅某、承田某(被告は含まれない。)により共同で設置されたものであるところ、原告は二五六番の土地の所有権を菅家央から承継するのに伴い、従物である本件下水管の共有持分権を承継取得した。

(二) 原告が本件下水管の共有持分権を有しないとしても、二五六番の土地上の排水は従前から本件下水管に接続されていたから、黙示的に排水地役権の設定契約が成立していた。

原告は、要役地である二五六番の土地所有権取得と共に右の排水地役権も取得した。

(三) また、高地の所有者は家用の余水を排泄するため下水道に至るまで低地に水を通過させることができる(民法二二〇条)ところ、二六五番の土地と二五六番の土地の関係では二六五番の土地が高地で二五六番の土地が低地に該当する。

本件下水管は低地への排水を損害がもっとも少ない場所および方法によるべく設置されたものであるから、原告ビルの排水は当然に本件下水管を通過できる。

(四) さらに、下水道法一一条は、他人の土地又は排水設備を使用しなければ下水を公共下水道に流入させることが困難であるときは、他人の土地に排水設備を設置し、又は他人の設置した排水設備を使用することができる旨規定しているから、原告ビルの排水を本件下水管に接続し得る。

3 前記1項の被告の行為により、原告は本件ビルの床、壁、巾木貼替工事を余儀なくされたが、その費用は金六五万九〇〇〇円である。

(結論)

よって、原告は被告に対し、通行地役権ないし公法上の通行利益に基づく妨害排除および妨害予防請求権に基づき、被告通路を通行することを妨害してはならないこととこれに基づき、もしくは所有権に基づき本件車止め①、②および本件植木箱の撤去ならびに不法行為に基づき、金五三九万三〇〇〇円およびこれに対する不法行為の日の後である平成三年九月六日(本件訴状送達の翌日)から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する被告の認否

(通行妨害禁止について)

1 原告の請求原因1(各土地の位置関係および所有関係ならびに本件通路が建築基準法四二条二項の道路であること)は認める(但し、二二〇番の土地と二六五番の土地の境界線が別紙図面の二、ホ点を直線で結んだ線上にあることは否認する。)。但し、本件通路の全部が建築基準法四二条二項の指定を受けている訳ではないし、その範囲の特定もできない。また、本件植木箱が設置されている部分は通路として使用されているものではない。

2 同2(被告の通行妨害)のうち、被告が本件車止め①、②および本件植木箱を設置したことは、その現実の位置も含めて認めるが、本件車止め②が二二〇番の土地上に存することは否認する。本件車止め②は二六五番の土地上に存する。また、本件車止め①、②および本件植木箱の設置が原告の通行を妨害することは否認する。

3 同3(約定地役権)について

(一) 同3(一)は否認する。

原告の主張は、住民の氏名、合意の時期という最も基本的な部分が特定されていないから、主張自体失当である。

(二) 同3(二)は否認する。

(三) 同3(三)、(四)は争う。

4 同4(公法上の通行利益)は争う。

建築基準法四二条二項の道路であることは公法上のものであるから、これにより私法上の権利は発生しない。

5 同5(通行地役権の時効取得)について

(一) 同5(一)は否認する。菅家央は、二五六番の土地を単に所有していたにすぎず、被告通路を通行に利用した事実はない。

(二) 同5(二)、(三)は争う。

(通行妨害による損害賠償)について

1 原告の請求原因1(通行妨害による工事遅延)は争う。

原告は、もともと本件通路が軽自動車がかろうじて進入できる程度の幅員しかなく、大型トラックでの資材搬入等は公道から直接行わざるを得ないことを了知しており、被告が本件車止め①、②を設置した後もこれに異議を唱えることなく工事を進行させたし、現実にも軽自動車は二二〇番地側(本件通路と逆方向)を通行することにより原告ビルまで進入できたから、工事期間の遅れと本件車止め①、②および本件植木箱の設置とは因果関係がない。

2 同2(損害)は否認ないし争う。

(排水妨害による損害賠償)について

1 原告の請求原因1は認める。

2 同2について

3 同3は否認ないし争う。

被告がコンクリートの入った袋を詰めた時点では原告ビルにはまだ入居者がなく、下水を使用していなかったはずである。

また、仮に原告主張の工事が必要とされたとしても、工事業者は原告ビルの建築業者と同一であるから、工事代金は全体のビル工事代金のなかに含まれてしまい、実際に原告には損害は生じない。

三  被告の主張

(通行妨害禁止)について

本件にあっては、次の事情があるので、原告の通行妨害禁止請求を認める必要がない。

1  本件通路は、歩行者および自転車等の二輪車の通行にはなんら支障を来してはいない。

2  被告が本件植木箱を設置したのは原告がビル建築をするはるか以前である昭和五六年五月ないし六月からであるから、本件植木箱は通行妨害を目的とするものではない。

被告が本件車止め①、②を設置したのは、違法駐車により被告宅の入ロドアが開かないような状況となっていたのを防止するためであり、その設置の時期も原告がビル建築をする以前の昭和六三年一一月であるから、本件植木箱は通行妨害を目的とするものでない。

3  原告は、原告ビルの建築工事中一度も本件車止め①、②および本件植木箱について異議を述べていない。また、原告ビルの工事中においても、現在においても原告は本件通路を車の通行に利用する必要はない。二二〇番の土地を通行して二四〇番側(逆方向)から自動車で通行できるのであるから、本件通路を車で通行する必要はないし、原告は原告ビル内およびその付近に駐車場を有していない。

(排水妨害による損害賠償)について

被告の排水妨害には、次の事情がある。

本件下水管は被告と吉田信和の共有のものであり、口径が通常の住宅用にできているから従前から原告に対して二二〇番の土地から二四七番一の土地側(本件通路とは逆方向)を通る下水管に排水管を接続するように要請していた。原告の答えは、二二〇番の土地の当時の所有者であった松尾善徳が下水道工事のための掘削工事を承諾してくれないということであったので、被告は原告ビルの設計者である小原設計士に原告が下水を使えないという状況を作出し、これをもって松尾善徳と交渉したらどうかという提案をし、同設計士了知のもとに、吉田信和の了解のもとに原告主張のマンホールにコンクリートの入った袋を詰めたのである。

四  被告の主張に対する原告の認否

(通行妨害禁止)について

1  被告の主張1は認める。

2  同2は否認する。

被告は原告の被告通路使用を妨害する目的で本件車止め①、②および本件植木箱を設置している。また、被告は原告がビル工事に着工した昭和六三年一一月五日の後に本件車止め①、②を設置しており、本件植木箱も昭和五六年に設置されたものでなく原告が原告ビルの建築確認を取得した昭和六二年一〇月以降に設置されたものである。

3  同3のうち、原告が建築工事中本件車止め①、②および本件植木箱について異議を述べていないことは認めるが、さらに被告から建築妨害を受けることをおそれ強い抗議ができなかったにすぎない。

反対方向からの自動車の進入については、軽自動車を使用して、なおかつ切り返しの際に二四七番一の他人の土地に進入してようやく進行ができる状況であり、工事車両が通行することは法的にも経済的にも不可能である。

(排水妨害による損害賠償)について

小原設計士がコンクリートで本件下水管を塞ぐことを承諾したことは否認する。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

(通行妨害禁止)について

一原告の請求原因1(各土地の位置関係および所有関係ならびに本件通路が建築基準法四二条二項の指定を受ける道路であること)は当事者間に争いがない。また、同2(被告の通行妨害)のうち、本件車止め①、②および本件植木箱を被告が設置したことも当事者間に争いがない。

二原告の請求原因3(約定地役権)についてであるが、原告の主張3(一)は、要するに本件通路付近の土地が区画された時点で本件通路に関係する住民について通行地役権が設定されたはずであるというに尽きるが、(具体的な証拠は一切ない。)、このような議論は、現に通路として使用されている公道以外の道路(私道)はすべて通行地役権が設定されているはずであるというに等しいのであって、その採用し難いこというまでもない。また、原告主張3(二)については、これを認めるに足りる証拠はない。

したがって、原告の請求原因3(約定地役権)は採用できない。

三原告の請求原因4(公法上の通行利益)について検討する。

1  まず、建築基準法四二条二項の指定を受ける道路の範囲であるが、右同条同項の指定は建築基準法第三章の規定が適用されるに至った際に現に建築物が立ち並んでいる幅員四メートル未満の道についてされ、原則としてその中心線からの水平距離二メートルの線を道路の境界線とみなし、当該道がその中心線から二メートル未満でがけ地等に沿う場合にはがけ地等の道の境界線およびその境界線から道の側に水平距離四メートルの線をその道路の境界とみなすということにされているところ、これを本件通路についてみれば、その南側および西側はがけ地に該当するから(別紙図面の「道路」と記載の部分と本件通路との間に相当の高低差があることは弁論の全趣旨により明らかである。)、同がけ地の境界(別紙図面上の「コンクリート擁壁一の下端となる。)から水平距離四メートルの範囲が同条同項にいう道路の範囲に含まれることになる。そして、本件通路がすべてその範囲に含まれることは弁論の全趣旨により明らかであるから、本件通路はすべて右同条同項にいう道路に含まれる。もっとも、別紙図面に花壇と記載のある部分が建築基準法第三章適用当時現に存在したものとすれば、中心線から水平距離で二メートルの範囲となるが、そうとすれば、当然本件通路はすべて右同条同項にいう道路の範囲に含まれることになる。

2  問題は、建築基準法四二条二項の道路について当該道路と接続する土地の所有者が当該道路を通行する私法上の権利を有するかについてである。

建築基準法四二条二項の道路であっても、同条一項五号の道路(いわゆる位置指定道路)と同様に同法四四条一項により、同項但書所定のものを除いて建築物を建築し、または敷地造成のための擁壁を築造することが禁止されており、かつまた右道路は道路交通法上の道路と解されるから、同法七六条により交通の妨害となるような行為を禁止されている。したがって、いわゆる二項道路もいわゆる位置指定道路と同様、専ら一般人の通行の用のために利用されるべきものである。このような一般人の利益は、私法上の権利とはいえないところのいわゆる公法上の行為の反射的な利益であるが、このような反射的な利益であっても、私人の日常生活上必要な利益であって民法上保護するに値する自由権(人格権)として保護されるべきものであることはいわゆる位置指定道路の場合となんら変わるところがない。

したがって、本件通路に接続する土地の所有者である原告は、本件通路の妨害排除もしくは妨害予防を求め得ると解すべきである。

そうすると、原告は本件車止め①、②および本件植木箱の撤去を求め得ることとなる。

3  被告は、本件車止め①、②および本件植木箱は軽自動車の通行を妨げるにすぎないから通行妨害ではない旨主張する。

しかしながら、前記のとおり、いわゆる二項道路であっても道路交通法にいう道路と解されるのであり、軽自動車の通行ができなくなることは被告の自認するところであるから、被告の設置目的如何にかかわらず、これが妨害排除の対象となる工作物であることは明らかである。

被告は、原告ビルには駐車場がなく、逆方向から車が入れる旨主張するが、その主張のとおりであっても、緊急車その他の原告ビルに用事のある車両のことを考えれば、原告ビルに駐車場がないからといって、本件通路におよそ車が進入する必要がないとはいえない。また、逆方向から仮に車が進入し得たとしても、かなりの困難を伴うことは明らかであり、そのこと自体は本件通路の通行とは関係のない事情であるから、右の結論を左右しない。

また、被告は、原告が本件車止め①、②および本件植木箱の存在について被告に異議を述べていないから、その存在を了解したものであるとも主張するが、異議を述べないからといって、当然に妨害排除ないし妨害予防請求権を放棄したことになるものでないことはいうまでもないから、被告の主張は失当である。

四そうすると、被告の通行妨害の禁止を求め、かつ、本件車止め①、②および本件植木箱の撤去を求める原告の請求は理由がある。

なお、原告は、本件において、① 約定通行地役権(本件通路開設時のものおよび昭和二九年一二月三日のもの)、② 公法上の通行利益、③ 取得時効にかかる通行地役権、④ 本件車止め②にっいて所有権、をそれぞれ根拠とする通行妨害禁止ないし本件車止め①、②および本件植木箱の撤去を求めたところ、これらは、いずれも訴訟物を同一と解すべきであり、仮にそうでないとしても、いわゆる選択的併合の関係にあると解すべきである(それが原告の合理的意思に沿うものと判断する。)から、右のとおり、公法上の通行利益に基づく請求が認められる以上、その余の通行妨害禁止の関係の請求原因について判断する必要はないと解する。

(通行妨害による損害賠償)について

一前記認定、判断によれば、被告が本件車止め①、②および本件植木箱を設置した行為が不法行為に該当することは明らかである。被告は通行妨害の目的はない旨主張するが、客観的に通行妨害を生じ、かつ、それが違法である以上、その主観的意図とは関係なく、あるいは設置の時期とは関係なく不法行為が成立するものというべきである。

二そこで、被告の通行妨害により工事が遅延したか否かであるが、本件証拠上その遅延を具体的に確定するに足りる証拠はない。すなわち、

証人吉田信和、同富本月生の各証言に弁論の全趣旨によれば、本件通路は、本件車止め①、②が設置される以前には、軽自動車であれば通行できたこと、原告は本件ビルを建築するにあたって、建築資材の大きなものは上の道路(別紙図面の本件通路の西側に「道路」と記載されている公道、この道路は前記のとおり本件通路と相当の段差がある。)から二五六番の土地まで橋をかけて降ろし、小物は本件通路を使用して運搬することを予定していたこと、ところが、原告が本件ビルの工事を開始するころ(昭和六三年一一月ころ)に被告が本件車止め①、②を設置したために軽自動車の通行が不可能となり、小物は手押し車で搬入したことが各認められる。なお、証人古田隆久は、本件植木箱の設置時期は昭和五九年である旨の証言をし、証人富本月生も本件植木箱は本件ビルの工事請負契約を締結する以前から設置されていた旨の証言をするところでもあり、本件植木箱が存在しても軽自動車が通行し得ることは右に認定のとおりであるから、これについては、これ以上顧慮しない。右認定によれば、本件車止め①、②の設置によって、本件ビルの建築工事に多少の困難が生じたことは、これを認めることができるが、問題は、これにより、本件ビルの完成がどの程度遅延したかである。

〈書証番号略〉によれば、本件ビルの工事請負契約書上は昭和六四年八月末日工事完成予定とされていること、しかるに、本件ビルが現実に完成したのは平成元年一一月一一日であることが認められるが、小物の搬入困難によって、どの程度工事が遅延したかをこれにより確定することはできない。証人富本月生は、そもそも、本件植木箱が設置されていることを考慮して、通常ならば工期は八か月であるところを一〇か月かけている旨供述するが、本件ビルは鉄筋コンクリート陸屋根の四階建てであり〈書証番号略〉、基礎工事、鉄筋の配筋工事、コンクリート工事等の工事に相当の時間がかかると思われること、これらの工事の関係の資材の搬入は、いずれにしても上の道路から搬入せざるを得なかったと思われることからすると、工期一〇か月というのが、この程度の規模の建物工事の工期と比較して特別に長期であるともにわかに考え難い。また、小物の搬入を手押し車でしたというのであれば、その分人夫の数を増やせば工期遅れにはつながらないとも思われるし、〈書証番号略〉および同証人の証言によれば、二五六番の土地には、小型の車であれば本件通路の反対方向からも進入し得たことも認められる(現実には反対方向の道を使用しなかったとしても、反対方向から車で進入するのと手押し車で搬入するのと大差がなかったのではないかとも推測される。)。しかも、本件証拠上「小物」というのが、どのような物を対象としているのかも明確でないうえ、これが、前記認定の上からの橋で搬入し得ない資材であるか否かも明確でない。

そうすると、本件車止め①、②の設置により、通常よりも三か月余り遅延したとは認められないし、前記実際の完成時期と請負契約上の完成時期との差が生じた原因が、本件車止め①、②の設置によってのみ生じたとも認め難い。

三以上によれば、本件車止め①、②の設置により、本件ビル工事に全く影響がなかったとはいえないけれども、具体的にその遅延の程度は確定し難いことになるに帰着する。

したがって、このような場合、原告主張のように工事遅延の期間を確定して、その間の損害を算定することはできないが、それだからといって、まったく損害がなかったとはいえないから、当裁判所としては、裁判所において諸般の事情を勘案して損害額を算定するほかはないものと思料する。

そこで、本件ビルの一か月の賃料相当額二五〇万円(〈書証番号略〉および証人富本月生の証言により認める。)と前記工事遅延の期間(一か月余)その他本件に顕れた諸般の事情を考慮して、原告の被った損害額としては、金一〇〇万円をもって相当と認める。

四以上の次第で、原告の通行妨害に基づく損害賠償請求は、金一〇〇万円およびこれに対する平成三年九月六日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由がある。

(排水妨害による損害賠償)について

一原告の請求原因1(被告が本件下水管にコンクリートの入った袋を詰めたこと)は、当事者間に争いがない。

そして、証人古田隆久の証言によれば、これは、本件下水管に本件ビルからの排水が接続されていることを知ってされたものであることが明らかである。

そうすると、原告主張の本件下水管の使用権能についてことさら判断するまでもなく、これは不法行為に該当する。

なぜならば、本件下水管について原告がどのような利用権を有するか、あるいは被告が本件下水管について所有権その他の権利を有するか等の事情にかかわらず、裁判手続による等の適法な手続をとることなく、現にビルからの排水がされている下水管を塞ぐ行為が違法な行為であることはいうまでもないことであり、これによって原告に損害が生じた場合には、その損害を賠償すべきことは当然であるからである。

被告は、本件下水管を塞ぐことに正当な事由があるかの如き主張をするが、本件ビルからの排水により、本件下水管が破裂し、あるいは、溢水が生じる等の理由により、被告方の生命、身体、あるいは重要な財産等が現実に危機に瀕するというような緊急の事態がある場合であれば、例外的に、いわゆる正当防衛もしくは緊急避難行為として違法性が阻却される場合もあり得ようが、本件全証拠によってもそのような事情を窺うことはできない(証人古田隆久の証言によっても、単に、被告側で本件ビルからの排水がされた場合に本件下水管が詰まる可能性が大きいと判断していたというにすぎない。)のであるから、被告の行為が正当化されるとは到底いえない。

なお、被告は本件ビルの設計者が本件下水管を塞ぐことを承諾したかの如き主張をするが、証人古田隆久の証言によっても、電話で分りましたといった程度の話であって、これをもって承諾したとみることは到底できない。

二そこで、原告の被った損害についてみるに、証人富本月生の証言により平成二年一〇月二三日に本件ビル内を撮影した写真であることが認められる〈書証番号略〉、弁論の全趣旨により成立を認め得る〈書証番号略〉に証人富本月生の証言により、本件下水管への排水ができなくなったことによって、逆流した水によって、本件ビルの半地下一部分の内装が汚損したこと、そのことによって床のカーペット、壁クロス、巾木等の取替えが必要となり、現実に取り替えたこと、その代金はいまだ支払われてはいないものの、金六五万九〇〇〇円を要するものであること(消費税を除く)の各事実を認めることができる。

したがって、被告は原告に損害賠償として右の金員を支払う義務がある。

三被告は、コンクリート入りの袋を詰めた時点では本件ビルに入居者はなかったから、下水を使用していなかったはずである旨主張し、当時本件ビルに入居者がなかったことは証人富本月生の証言によっても認められるところである。それにもかかわらず排水が逆流したことについての証人富本月生の証言はいまひとつ納得し難いところもあるが、前掲各証拠により、被告がコンクリート入りの袋を詰めた翌日に本件ビルの半地下部分に浸水があったことは明白であり、他の原因は全く考えられないから、被告の右の主張は失当であるというほかない。また、被告は原告主張の工事の工事業者は、本件ビルの建築業者と同一であるから原告は工事代金を支払う必要がない旨の主張もするが、本来すべきでない工事をした以上、そのことによる負担がどういう形であれ、最終的には原告に帰属することは明らかであるから(仮にサービスとなったとしても、本来受けうる他のサービスを受けられなくなることもある。)、そのような理由で損害がなくなるとは到底いえない。

(結論)

よって、原告の本訴請求は、(1) 被告に対して被告通路の通行を妨害禁止を求める部分、(2) 本件車止め①、②および本件植木箱の撤去を求める部分、ならびに被告に対して金一六五万九〇〇〇円およびこれに対する平成三年九月六日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による金員の支払いを求める限度で理由があるから、これを認容することとし、その余を失当として棄却することとして、訴訟費用の負担について民事訴訟法九二条を適用し、仮執行宣言は相当でないからこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判官綿引穣)

別紙物件目録〈省略〉

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